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東京地方裁判所 平成2年(ワ)1180号 判決

原告 塚宗一

被告 及川いち

右訴訟代理人弁護士 佐々木秀雄

同 田中富久

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五万円及びこれに対する平成二年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六二年九月一日、被告の夫及川五郎より東京都渋谷区幡ケ谷三丁目七八番四号所在のアパート及川荘五号室を賃借して入居した。

2  当時、右五号室の隣室の六号室を及川五郎より賃借して居住していた大野浩一郎は、毎週金曜日から日曜日にかけて、四、五名の友人を部屋に泊めて飲食し、夜遅くまで音楽をかけて騒ぎ、便器に反吐を撒き散らし、便所のスリッパを小便で濡らすなど、賃借人としての遵守事項に違反することが続いた。

3  また、右大野は、原告が告げ口していると怒り、原告の居室のドアの前に水を撒き、廊下に備付けの消化器を投げた。

4  原告は、被告及び及川五郎に対し、右大野を注意するように頼んだが、被告らは注意しなかった。

5  そこで、原告は、及川五郎に対し、賃貸人としての管理が杜撰であるため、右大野の喧騒行為により精神的肉体的苦痛を被ったとして、慰謝料金一〇万円及びこれに対する平成元年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める訴え(東京地方裁判所平成元年(ワ)第三六六五号慰謝料請求事件、以下「別訴」という。)を提起した。

6  被告は、当時及川荘八号室に居住していた竹村久子より、3項の大野の喧騒状況について電話で連絡を受けていたにもかかわらず、平成元年八月二五日、別訴において、証人として「竹村さんからそのようなことはうかがっていません。塚さんからも聞いていません。どちらかといって忘れました。」と虚偽の証言をした。

7  その結果、別訴において、原告は、3項の大野の喧騒行為を立証することができず、原告敗訴の一審判決の言渡しを受け、精神的肉体的苦痛を被った。その慰謝料としては金五万円が相当である。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右金五万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成二年二月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実中、及川五郎が大野に建物を賃貸していたことは認め、その余の事実は否認する。

3  請求原因3及び4の各事実は否認する。

4  請求原因5の事実は認める。

5  請求原因6の事実中、被告が原告主張のような証言をした事実は認め、その余の事実は否認する。

6  請求原因7の事実中、別訴において原告敗訴の一審判決が言い渡されたことは認め、その余の事実は否認する。

第三証拠関係〈省略〉

理由

原告の本訴請求は、要するに、別訴において、被告が偽証したので、その結果、原告の請求を全部棄却する一審判決が言い渡されたために、原告は肉体的精神的苦痛を被ったとしてその慰謝料を請求するものである。

しかしながら、法は、上訴制度を設け、事実認定については当事者に十分に攻撃防禦を尽くす機会を与え、これを争わせるものとしているのであるから、右の上訴制度を無意義とするような別訴の形でというような紛争の蒸し返しは、原則としてこれを許されないものと解すべきである。したがって、一審判決の成立過程において偽証というような不正な行為があったとして、これに対し不法行為による損害賠償が請求できるのは、右不正行為につき刑事上有罪判決が確定する等の特段の事情が存する場合に限られるものと解すべきである。

これを本件についてみるに、仮に、被告の偽証により誤った一審判決が言い渡されたとしても、それは、別訴の上訴審で主張立証を尽くしてこれを争うべきものであって、被告の偽証につき刑事上有罪判決が確定している等の特段の事情の主張のない本件においては、右の精神的損害を独立に賠償の対象として請求することは、前記の法の趣旨に照らして許されないものと解すべきである。したがって、その余について判断するまでもなく、原告の本訴請求は主張自体失当である。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 安間雅夫、裁判官 阪本勝は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 浅野正樹)

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